ノートPCを持ち出して外部ディスプレイにつなげたところ、画面が映らない。 HDMIとUSB Type-Cの両方で接続しているのだが、 2台同時につなぐと映らなくなる という不可解な現象が起きた。 1台ずつなら問題なく映るのに、2台にするとダメ。 DELLのサポートに問い合わせると、最初の担当者では分からず、技術サポートに回された。 そこで案内されたのは、 ・ディスプレイドライバーの再インストール ・システム復元 という定番メニューだった。 しかし、ドライバーを再インストールしても改善せず、システム復元については「復元ポイントが設定されていない」とのこと。 健康なうちに設定しておく必要があるらしい。 これらがダメなら、 システムの再インストールしかない と言われた。 データをすべてバックアップして、環境を一から作り直す……。 そう考えるだけで気が重くなり、今度の土日は潰れるなと覚悟した。 最後の手段として、ChatGPTに聞いてみた。 「DELLのノートPCでType-CとHDMIを両方接続すると画面が映らないのですが、直し方を教えてください」 すると、こんな回答が返ってきた。 「それ、DELLではわりと“あるある”な症状です。順番に切り分けしていけば直る可能性が高いので、落ち着いていきましょう」 ちょっと光が見えてきた。 続いて示された手順はこれだった。 Win + P を押す 「拡張」または「複製」を選択 一度「PC画面のみ」にしてから、再度「拡張」に戻す 正直、ダメもとでやってみた。 すると―― あっさり直った。 チャッピー(ChatGPT)が、DELLサポート2名に勝利した瞬間だった。 サポートの仕事は、生成AIに取られる時代が本当に来るのかもしれない、と思った。 それにしても、再インストールしなくて本当に良かった。 もしやっていたら、今度の土日は確実につぶれていた。 チャッピー、ありがとう。
① 欧米心理学からの導入(1950~70年代) 英語の self-esteem(セルフ・エスティーム) という概念が心理学で確立される。 esteemは尊敬するという意味を持っている アメリカの心理学者マズローやロジャースらが「人間が健やかに生きるためには自己を尊重する感覚が重要」と提唱。 マズローの5段階欲求 1.生理的欲求:食事、睡眠、排泄など、生命維持に不可欠な欲求 2.安全の欲求:身体的・精神的な安全、安心な環境を求める欲求 3.社会的欲求(所属と愛の欲求):家族や友人とのつながり、集団に属したいという欲求 4.承認欲求(自尊心の欲求):他者から認められたい、評価されたい、尊敬されたいという欲求 5.自己実現の欲求:自分の能力を最大限に発揮し、なりたい自分になるための欲求 当時は「自尊心」という訳語で紹介され、日本ではまだ専門用語の範囲にとどまっていた。 自尊心とは、「自分を尊いと思う心」、つまり、自分の価値を認め、大切にする気持ちのことです。これは単に「自信がある」こととは異なり、自分の長所も短所も含めて「ありのままの自分を肯定的に受け入れられる感覚」を指す。心理学では「自己に対する全体的な評価」とされ、自己肯定感とほぼ同義で使われる ② バブル崩壊後の社会(1990年代) 日本では「自己犠牲」や「我慢」が美徳とされてきたが、経済停滞・就職氷河期などで「努力しても報われない」若者が増える。 その結果、「自分には価値があると思えない」という感覚が社会的問題として浮上。 教育現場でも「学力よりも心のケア」「不登校や引きこもりの背景には自己肯定感の低さがある」と言われ始める。 ③ 子どもの心の問題と教育政策(2000年代) 文部科学省が「自己肯定感」という日本語を公式文書で使い始める。 不登校、いじめ、自殺率の高さなどが問題視され、「子どもの自己肯定感の国際比較」が話題に。 OECDの調査で、日本の子どもは「自分に満足している」と答える割合が先進国で最下位クラスというデータが出て注目が一気に高まる。 ④ 承認欲求とSNS時代(2010年代?現在) SNSの普及で「他者から評価されたい」「いいねが欲しい」という心理が強まり、比較や劣等感が加速。 その裏返しとして「自分を認める力=自己肯定感」がブーム的に語られるようになる。 同時に、書店には「自己肯定感を高める○○...