父の友だちから手紙が来た。父は亡くなっているので代わりに返事を書かねばならない。差し出し人はかなり達筆だ。大正生まれの父の友人ということはかなり高齢に違いない。ワープロで返事を出すわけには行かない雰囲気だ。熟慮の結果、万年筆で書くことにした。
自慢ではないが、私はモンブランを持っている。しかも、松本清張が持っていそうな極太のやつだ。婚約指輪のお返しに妻からプレゼントされたものだ。その頃、小説家にあこがれていて、どうしても欲しかった。しばらくは書き味を楽しんでいたが、すぐに飽きてしまって長い間、机の奥にしまいこんだままになっていた。
何年も引き出しに入っていたモンブランはすっかりひからびてしまっていた。インクを入れてみたが、どうも、インクの色がうすい。インク壷を見ると底に黒いものが沈殿していた。色素が分離して溜まったものらしい。近くの文房具店にパイロットのインクを買いに走った。
パソコンで文章をつくって、それを万年筆で清書した。昔は、ワープロが清書機に使われていたが、その逆をやっているわけだ。無駄なことをやっているがしかたがない。最初は調子良く書けていたが、モンブランがすぐにかすれてしまうのだ。一行書くとインクを付けなければならない。小説家がモンブランを愛用しているのは、かすれずにいつまでも書きつづけることができるからだと聞いたことがある。どうした、モンブラン。
モンブランと故障をキーにしてネットで調べてみたら、日本のモンブランの支店に持っていったら国内では直らないので、ドイツに送られて修理されて戻ったときに莫大な修理代を請求されたというブログがあった。もう少し調べてみると、万年筆を超音波洗浄機で洗うとインク詰まりが直るという話が出ていた。万年筆の洗浄、1回、500円というサービスもあった。アマゾンで調べると3000円代で超音波洗浄機を売っていた。
早速、夜中に内緒で買うと2日後に届いた。便利な世の中になったものだ。早速モンブランをかけて見た。チーという虫の鳴くような音がして黒い小さなかすがたくさん出た。古いインクビンの底に溜まっていたのと同じもものだ。インクのカスなのだろう。少し、日陰干しにしてからインクを入れて使ってみたが、すこぶる調子が良い。モンブラン復活である。大満足であった。
妻は、あきれ返ったような顔で超音波洗浄機を見て何か言っていた。3000円出したら良い万年筆が買えるのにね、と思っているのだろう。男のロマンは女には永遠に分からないものらしい。
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