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人生花づくし

親の教えは きくのはな 悪に染まれば くずのはな 人の悪くち くちなしで 愚痴とまやかし なしのはな 頭は垂れて ふじのはな 笑顔あかるく ひまわりで 愛をはぐくむ  ばらのはな 心清らか しらゆりで 香りも高き うめのはな 迷いの綱は きりしまで 罪と障(さわ)りは けしのはな 失意の胸 は なでしこで 世は移ろいて あじさいの 翳(かげ)り背負いて ゆうすげで 月日は早く たちばなで 年もつもれば こけのはな 恍惚きざせば ぼけのはな 露よりもろき あさがおで 行者の照明 つげのはな 散り際さやか さくらばな 先は浄土の はすのはな       (花の舞)

「団地はまちのおもちゃ箱」報告

団地はまちのおもちゃ箱 報告者:祐二之田仲 ・日時:令和元年10月16日(水)13:00~14:00 ・会場:日経ホール(東京都千代田区大手町) ・講演:山田五郎氏(コラムニスト) ・主催:独立行政法人UR都市再生機構(技術・コスト管理部 技術調査課) ・受講者:約450名 (シンポジウム「令和元年度 URひと・まち・くらしシンポジウム」) 【山田五郎氏の略歴】 1958年12月5日生まれ。東京都渋谷区出身。上智大学文学部新聞学科卒業し、同大在学中にオーストリアのザルツブルク大学へ留学、西洋美術史を専攻。卒業後講談社へ入社。2004年6月に講談社を退社し独立。現在はフリーの編集者、評論家、タレント、コラムニストとして活動している。(ウィキペディアより) 公演タイトルの「団地はまちのおもちゃ箱」のとおり、アクティビティとコミュニティの場のある持続可能な社会を考えるというものでした。講演内容と私の感想、追記も含めて報告します。 住宅公団は戦後、住宅供給のために、内務省によって1924(大正13)年に設立された財団法人の同潤会により日本住宅公団法に則って1955年設立されました。大量の住宅を供給するために、集合住宅地を整備することを目的に作られたものです。これ以降、集合住宅が「団地」と呼ばれる様になりました。 歴史的には、産業革命以降の欧州で、都市に居住する労働者の住宅環境を改善するために建設された集合住宅に遡ることができます。前記の住宅営団、住宅公団も、住宅に困窮する勤労者のために住宅や宅地の供給を行ってきたのです。     その結果、団地は高度成長期には、均質な労働者のための住まいとなりました。近代主義が行き詰まり、ポストモダンが叫ばれる現在においては、団地は陳腐化しています。 今では、団地は、まちの均質化を助長する仕かけになってしまいました。 ・入居者の均質化(均質なのでコミュニティの必要がなくなる) ・ライフスタイルの均質化(同じような人が集まっている) ・中間層が厚くなる。(均質な住民であるため、中間層に集約される) これからの都市は、異質な人々が集まって新しい文化を創っていかなければならないと思います。団地の陳腐化を阻止するために、均質化をくいとめ、多様な文化を持ったまちにすることが重要だと思います。 そも

「はやぶさ2」の”世界初”を支えたチームづくり

講師 JAXA 宇宙航空研究開発機構  宇宙科学研究所 津田 雄一 氏 https://ers.nikkeibp.co.jp/user/contents/2019z1009xtex/index.html 日経 xTECH EXPO 2019の基調講演でJAXAの「はやぶさ2」の話をお聴きしましたので内容と感想をまとめました。 はやぶさのプロジェクトは今までも注目していましたが、今回、講演をお聴きして改めて成しえた業績の偉大さに感服しました。 簡単に言うと3億キロ先の“りゅうぐう”という小惑星の地表に描いた直径100メートルの的に矢を射るということです。気軽に3億キロと言いますが、日本からニューヨークの距離の3万倍、地球を7500周できるとてつもない距離です。りゅうぐうから発信した電波が地球に届くまでに20分かかるそうです。良くこのようなプロジェクトを思いついたと思います。 はやぶさ2の本体の寸法は、1.0×1.6×1.25 mと思ったより小さいのですが、理由はコストだそうです。津田さんは、本当はもっと大きなものを作りたかったと本音を漏らしていました。お金がないから何もできない、と弱音を吐くのではなく、限られたコストの中で出来ることをやるという考え方も良いですね。 このプロジェクトは、今までに誰もやったことがないことばかりで、何をやるにしても参考にする資料がないということでした。でも、前例がないから面白いということもあり、それがモチベーションの源泉になっているということでした。テストの時に、いかに多くの失敗をするかが成功につながるという話がありました。宇宙に行って失敗したら瞬時にゲームセットですからね。 りゅうぐうの重力は地球の八万分の1。物を運ぶのは楽ですが、地表には大きな岩がゴロゴロあって、間違って大きな岩の上に着陸したら一瞬にして計画が御破算になります。そのため、りゅうぐうの上空からターゲットマーカーというボールのようなものをいくつか投げて、思った所に落ちたマーカーを目指して着陸するそうです。着陸したら、筒のようなものを伸ばして、その中で地面に弾丸を撃ち込み、跳ね返ってくる土を採取するということでした。 現在、はやぶさ2は、最後の任務を果たし、帰還の準備に入っているということでした。帰還

採用面接官が知りたい3つのポイント

採用面接での対応は、時にあなたの人生を左右する。面接が採用の決定的な要因になることも多い。短時間のやり取りで抜きん出た印象を与えるには、面接官が何を確かめようとしているかを理解して、準備をすることが不可欠だ。彼らが本当に聞きたい3つの質問と、その回答法を示す。 ① 一緒に働く仲間になれる人か? 面接では、あなたが価値のある同僚になれることや、楽しく付き合える人であることを面接官に示して欲しい。面接の成否を決める大きな要素の一つは社交性だ。もちろん、専門分野の知識も必要だが、あなたが会社のメンバーの一員になったらどのような感じか、気持ちよく仕事ができるか、相手がイメージできるように説明することが重要だ。 志願者が犯しがちな間違いの一つが、面接を試験のように考えることだ。この試験で満点を取りたい、大失敗はしたくないという考え方が全面に出てしまうと、構えすぎたり聞かれたことだけを必死に応えたりしてしまう。面接官は、同僚にしたい人を探していて、面接は互いに相手を知る機会だと考えれば、対応の仕方は変わってくる。面接は「私たちは一緒に働きたいか?」という問いの答えを共同で探すプロジェクトになる。 この考え方のもう一つの利点は、あなたと面接官の脳が、より深く同期することだ。人はタイミングよく情報を伝えるためには軽快なテンポで話をする。聞き手の脳は相手が話していることをより的確に理解するために、言葉や文法、声の調子を予測する。前向きで興味をそそる会話は、互いに相手の真似をする。あなたが面接官に対し、信頼できる同僚として接すれば、笑顔を浮かべ、身を乗り出して話を聞き、熱意を込めて友好的に話し、アイコンタクトを送るだろう。面接官は、あなたを自分たちの組織の一員のように感じるだろう。 ② 入社しても学び続けられる人か? 仕事に必要な基本スキルはすでに持っているだろうが、大学で得た知識は、すぐに陳腐化する。働き始めても学び続けなければならない。あなたが学ぶ意志があると、どのように示せばいいか。 あなたが答えに窮する質問を、面接官は少なくとも一つは用意してくるだろう。曖昧な表現で意図がはっきりわからない質問だ。聞き慣れない専門用語が出てくるかもしれない。質問自体は理解できても、何を言えばいいのか思いつかないかもしれない。そのときは、ごまかさないこと。優秀な面接官は、偽り

何も分からない

ブッダは、生老病死について考えた人だが、いくら考えても決してわからないことをテーマに上げたというところがすごい。科学がこれだけ進んでも、人は何で生まれてくるのか、何で老いるのか、病気になるのか、死ぬのか、何も分からない。何で台風や地震が来るのか、何で喧嘩や戦争がなくならないのか、結局、肝心なことは何も分からないのではないか。このような、解決できないことだけは分かっているというパラドックス。分かってしまったら生きている意味がない。

暑さを凌ぐ方法

毎日、暑い日が続いている。先日、庭仕事をしていて、倒木の裏を見たら大きなナメクジがじっと潜んでいた。暑いうちはじっと日影にいて雨が降って涼しくなったらでてくる。小さな生き物も暑さを凌ぐ術を知っている。傘は、雨に日にさすのものだと思っていたら、矢のように降り注ぐ太陽光を凌ぐためにも有効な道具だということに気がついた。傘で人工的に日影をつくると、すごく涼しい。日傘は、日焼けを防ぐために女性がさすものだと思っていたのだが、そうでもなさそうだ。日が昇る前の早朝に草を刈っておき、ほったらかして、日中の太陽が高いときは、日影のクーラーの効いた部屋で昼寝をする。夕方になって、日が陰ってきたら、太陽光で干からびた雑草を片付ける。これが、庭の草刈りの正しいやり方だと最近気がついた。暑い暑いとばかり言っていないで、自分なりに暑さを凌ぐ方法を考えるというのもボケを防ぐ一つの方法かもしれない。

「『5G』で企業や経済社会がどう変わるのか〜デジタル・トランスフォーメーションの最前線〜」 報告

「『5G』で企業や経済社会がどう変わるのか〜デジタル・トランスフォーメーションの最前線〜」 報告 ・日時:2019年07月12日(金)10時40分〜12時(80分) ・講師:東洋大学教授 坂村健 ・場所:東京商工会議所 Hall&Conference(千代田区 丸の内) ・主催:東京商工会議所    ・報告:特派員 祐二之田仲(南柏在住) 【講演者略歴】 ■ 坂村 健    日本のコンピュータ科学者、コンピュータ・アーキテクト。工学博士(慶應義塾大学、1979年)、東京大学名誉教授、東洋大学教授・情報連携学部長[2]。専攻での研究内容はダイナミックアーキテクチャ[3]だが、自ら提唱したTRONプロジェクトにてリーダー、またアーキテクトとして多種多様な仕様を策定している。東京都出身[1]。 ■ 職歴 ・1979年 東京大学理学部情報科学科助手 ・1986年 東京大学理学部情報科学科講師 ・1987年 東京大学理学部情報科学科助教授 ・1996年 東京大学総合研究博物館教授 (研究部・博物情報メディア研究系、大学院理学系研究科情報科学専攻教授併任) ・2000年 東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授 ・2017年3月 東京大学を退職、名誉教授 ・2017年4月 東洋大学教授(同大学 情報連携学部 情報連携学科、および 情報連携学研究科) (Wikipediaより抜粋) 【講演内容の要約】  公演の際は、資料の配布はなく、口頭による説明であった為、公演のポイントとなるキーワードを以下に記述する。 1.小惑星探査機「はやぶさ2」の件    同機の基本プログラム(OS)は、昔、私が提唱したTRONである。因みに、アプリケーションはNECである。今回の2度目の着陸成功は私にとっても嬉しいものである。 2.IoTモデルの30年の変化 コンピュータの発展は、エニアックから始まりエドバックとなり、ユニバック社で製造される様になって、軍事から民間へ広まった。アメリカは実に、民間への普及が速やかである。 ・DFSモデル … Hadoop分散ファイルシステム    ・防御システム … 軍事戦略モデルは、巨大なデータとネットワーク、そしてリアルタイム機能で成り立つ。 3.Internetの使用料 Internet自体の利

▶浦賀 西叶神社と大道の山車の獅子頭

お祭りの宵宮に日、集会所の前に置いてあった屋台の写真を撮っている人がいる。どうやら、その屋台に彫ってある獅子や鳳凰の彫刻に興味があるらしい。この屋台は、古いものだと父から聞いていたが、どのくらい古くて、どれだけ価値があるものかは分からなかった。 写真を撮っている人に声をかけてみると、浦賀から来ているという。浦賀の西叶神社に彫ってある獅子の作者が後藤利兵衛という人で、この大道の屋台も彼が作ったものだという話が、どこかの古文書に載っているのだという。金沢八景の洲崎神社の獅子頭も利兵衛の作ということだった。早速、文献を調べたら確かに「南総の彫工 初代 後藤義光」という書籍に利兵衛が「金沢区大道 大道屋台」を彫ったと書かれている。 後藤利兵衛は1815(文化12)年、安房(あわ)国朝夷(あさい)郡北朝夷村(現在の千葉県千倉町北朝夷)の生まれ。幼名は「若松」。父親は、山口弥兵衛といい大工を生業にしていた。幼少の頃から大工道具が身近にあり遊び道具に使っていた。14歳のころには地元の愛宕神社に残されている大黒天像などを彫り、すでに彫刻師としての頭角を現していた。1837(天保8年)年、23歳の時に江戸は京橋の彫刻師、後藤三次郎恒俊の弟子となり、恒俊が鴨川市の安房の誕生寺を訪れた際に門弟になった。その後、師匠の後藤姓をもらい「後藤利兵衛光定」を名乗った。後に「後藤利兵衛義光」に改名。1902(明治35)年に88歳で没した。(後藤利兵衛人物事典  https://sorairo-net.com/rekishi/jimbutsu/gotorihe.html ) 洲崎神社に伝わる雄雌の獅子頭も、1849(嘉永2年)に彫刻師の後藤利兵衛が彫ったと云われている。戦前は、7月の祭礼の時に4人の若衆が町内の厄除けのために雄雌の獅子頭を担いで廻った。麻疹(はしか)の子どもが、獅子の口に噛まれると早く平癒するという言い伝えから、守り神として尊信されていた。 http://susa-haya.jugem.jp/?eid=3 三浦半島から見ると千葉は広くて遠い。しかし、地図を眺めてみると海を渡れば意外に近い。後藤利兵衛は、浦賀まで船で来て、浦賀道を通って金沢八景まで陸路で来たのではないか。西叶神社の彫刻が1842(天保13)年、洲崎神社の雄雌の獅子頭が1849(嘉永2)年の作品と伝わって

▶お祭りってなんだ

スタッフとして町内のお祭りに最初から最後まで関わった。我が町内には、屋台と2台の神輿がある。一台は子ども神輿だ。この屋台と神輿を人力で動かして町内を一周りする。効率だとか経済だとかを考えたら全く不合理な催しだ。トラックで回れば10分もかからない距離だ。それが何百年も続いている。お祭りの準備を手伝っていて、無人自動車が実用化されようとしている時代に何でこんなムダなことをやっているのか。ずっと不思議に思っていた。 お祭りの宵宮には、綿菓子や氷、焼きそばなどの屋台がでる。これが子どもたちの楽しみだ。でも、こういう催しではゴミが出る。最初は、一つのゴミ袋になんでもかんでも捨てる様になっていた。でも、結局最後は大人たちが分別するので、最初から分別して捨ててもらおうということにした。普通ごみとプラスチックごみの2つのビニール袋を用意した。それでも、最初は、なんでも捨ててしまう子どもがいたが、少しずつ自分で分別して捨てるようになった。しばらくすると、ルールを守らない子どもを注意する子どもが現れた。それが自分の仕事とばかりにゴミの分別を進めてくれた。 今年は、地元の中学生、大学の陸上部の若い人たちが大勢参加してくれた。子どもたちも山車をひいてくれた。若い人は、疲れ知らずでとにかく元気がいい。途中の休憩所でも、おにぎりやらパンやらをむしゃむしゃ食う。見ていて気持ち良い。一人の中学生に聞いてみたら、お祭りは楽しいという。何が楽しいのかというと、みんなが力を合わせれば、こんな重い神輿が運べるのがすごいし、みんなで力を合わせて一つのことをできるのが楽しいという。たぶん、休憩時間に友だちと無駄話をしながら、焼鳥だのコロッケだのを食べるのも楽しみなんだろう。 小学1、2年くらいの小さい子が4人、屋台をひいていた。一人が町内が用意した子ども用のメガホンを持っていた。わっしょい、わっしょい、とかわいい掛け声が響く。メガホンの奪い合いで喧嘩になりそうになった。民主的に決めようと、じゃんけんをやることになった。最初にメガホンを持っていた子がビリになった。負けた子は、ふてくされてやる気を無くしていた。順番にメガホンを持ち、掛け声をかけるのだが、みんな飽きてしまい、結局、最初に持っていた子にメガホンが戻った。その後は、一人でメガホンを独占しても文句を言う子はいなくなった。 このように考える

▶嘘のない社会になってほしい

 【特派員 高尾広志(横浜在住)】 「どがんね」という変わった名前の本がある。佐賀弁で、「どうですか」という意味らしい。この本の中で五つの誓いという文章が紹介されている。 「時間に遅れない」 「嘘をつかない」 「お世辞を言わない」 「他人のせいにしない」 「他人の手柄を自分の手柄としない」 著者の古賀さんは、佐賀の発明家で実業家。保護司としても罪を犯した人の更生に尽くし、褒章を何度も受賞している有名人である。子どもの頃は、鑑別所に入れられるくらい手がつけられない不良少年だったそうだ。古賀さんを立ち直らせ、人生を支えたのがこの五つの誓いである。嘘をつかずに、正直に生きることの大切さが込められている。 私が子どもの頃、「嘘は泥棒の始まり」と言われて、嘘は厳しく戒められた。嘘つきのヤギが最後は狼に食べられてしまうという逸話も良く聞かされた。ジョージ・ワシントンの桜の木の話も正直を称える話として教えられた。今の日本を見渡すと嘘をついても、それほど咎められない世の中になっているのではないかと感じる。嘘は悪である、人は清廉潔白でなければならない。このような社会になってもらいたい。私は、この五つの誓いを座右に銘にして残りの人生を歩いて行きたいと考えている。(20190710) 参考 どがんね 古賀常次郎詳伝  佐保 圭 (著) 日経BPコンサルティング

▶自由で安全にネットを使うことができるルールを作れ

【特派員 高尾広志(横浜在住)】 事件の報道があると必ず犯人がLINE で情報交換していたとか、Facebookで知り合ったとかの話になる。ネットによるイジメや情報の改ざん、隠蔽も横行している。ネットは犯罪の温床で、悪事を働くための道具のように報道されることが多い。 自動車が出てきた時、道路を痛め馬を驚かす危険な機械として敵対視された。でも、鉄道や馬車に比べて自由にどこにでも行ける便利さは危険性よりも得るところが大きく、自ら法律を作り、それを守ることでで社会に受け入れられて今がある。自動車による悲惨な事故は絶えないが、危険だからといって自動車自体が糾弾されることはない。 SNSやスマホが普及して誰でも使えるようになったのは、つい最近のことだ。今はスカイプなどで地球の裏側の人たちと自由に会話することができる。Twitterなどを使えば、何万人もの人たちに瞬時にメッセージを送ることができる。テレックスで海外の会社と電文のやりとりをしたり、ガリ版刷りで学校行事のお知らせをわら半紙に刷っていたような世代にとっては夢のような世界だ。今までこんなに便利な時代があっただろうか。鉄道から自動車の変化よりも、もっと大きな変革が起きている。 便利さの裏には必ず危険がある。私たちは、ネットという便利な道具を手に入れたのだから、社会が少しでも良い方向に向かうようにこの道具を使うべきだと思う。そのためには、赤は止まれという道路交通法のように、万人にとって分かりやすい法律が必要だ。情報の改ざんや隠蔽、SNSによるイジメ、誹謗中傷、ファイクニュースの流布などは法律で厳しく取り締まるべきだと思う。ネットは道具であり、悪いことにも良いことにも使うことができる。みんなで知恵を絞って、自由で安全にネットを使うことができるルールを作っていけたら良いと思う。(20190704)

▶議員の話し方良寛に学べ

 【特派員 高尾広志(横浜在住)】 江戸時代後期の僧、良寛さんは、人と話をするときの心得を戒語という形でまとめている。内容は、極めて平凡で常識的なことだが、ほほえましく、ときに厳しく私たちに語りかけてくれる。 ・人のもの言いきらぬうちに、もの言う。さしで口。人の話のじゃまをする。あくびとともに念仏。 ・人のことをよく聞かずして答える。へつらうこと。心にもなきことを言う。 ・ことばのたがう。たやすく約束する。口を耳につけてささやく。 ・あなどること。いやしき人を、かろしめる。はなであしらう。 ・口をすぼめて、もの言う。首をねじりて、理屈いう。 ・人のいやがるおどけ。いやしきおどけ。 「良寛の愛語・戒語 谷川敏朗著」(考古堂刊)から引用した。 最近のテレビの国会中継などを見ていると、良寛さんだったら苦言を呈するような場面が多い。相手の揚げ足取りに時間を浪費するのでなく、国民の代表者として本質的な議論をしてほしい。(20190701)

▶みんな、役に立ちたいと思っている

 【特派員 高尾広志(横浜在住)】 私は、方向音痴。地下鉄に乗って地上に出るとどっちに行ったら良いかすぐに分からなくなる。旅行に行っても迷子になる。海外に行った時には、必ずホテルカードを持って外出する。道に迷った時にはタクシーの運転手に見せてホテルまで送ってもらうためだ。最近は、迷子になることが楽しくなってきた。道に迷って歩き回っているうちに思いもかけないキレイな景色や草花に出会ったりすることもある。セレンディピティも旅の楽しみの一つだと思う。 迷子になったら、自分で地図で調べるより、歩いている人に聞く方が手っ取り早いが、知らない土地で見知らぬ人に声はかけにくい。でも、勇気を出して声をかけてみると親切に道を教えてくれる。強面の人も話してみると親切な人が多い。田舎に行くと目的地まで一緒に行ってくれる人もいる。旅先でこういう人情に触れるとホッとする。 道を聞いて迷惑だと断る人は殆どいない。むしろ、喜んで教えてくれる人の方が多い。わが町の名所を訪ねてくれたことの感謝の気持ちもあるだろうが、道に迷って困っている人を助けて、ありがとうと言われた瞬間は、教えた方も喜びを感じているのではないか。戦後、道路がまだ整備されていない時代、歩きながらゴミを拾ったり、デコボコ道を直したりする道普請というボランティアをやっていた人たちがいたと聞いたことがある。生まれてきたからには、何かの役に立ちたい、これは、万人の願いなのではないかと思う。(20190625)

▶ひきこもりの子どもたちを救おう

  【特派員 高尾広志(横浜在住)】 先日、公立中学校の先生方と意見交換をする機会があった。今、学校では生徒たちに大きな変化が起きていている。酒、タバコ、薬物などの問題は減り、教師や生徒に暴力を振るうような、いわゆる不良は姿を消して、スマホやSNSを使った陰湿なイジメが増えている。多くの悲惨な事件がニュースになっているが、学校に来ることができない、自宅訪問しても会ってもらえない、そんな不登校や引きこもりの生徒が増えているという説明があった。 スマホで何でも調べられる、ボタン一つで何でも手に入れられる、SNSで瞬時に何万人にメッセージを伝えられる、こんな便利な時代が今まで、あっただろうか。この便利さの影で、引きこもって、もがき苦しんでいる、たくさんの子どもたがいる。どうしたら、この子どもたちを救うことができるか。今、子どもたちの間で起きていることは、心の中で起こっている公害ではないのか。 物質的に豊かになった高度成長の頃、日本列島は、ひどい公害に苦しんだ。それから50年、日本は技術で公害を克服した。学校だけでなく、現代のこの便利さを享受している全ての人たちが、知恵を出し合って、この問題を克服していく必要があると痛感した。(20190615)

▶車内放送で思い出す標語

 【特派員 高尾広志(横浜在住)】 「体調がすぐれない場合は無理をせず最寄りの駅でお降りください。救助による運行の遅れを防ぐために、ご協力ください」 電車で度々流される車内放送。前半は、乗客の体調に配慮したメッセージだが、後半がいけない。「電車が遅れないように、体調が悪くなったらすぐに降りてくれ」ということだ。「欲しがりません、勝つまでは」という昔の嫌な標語を思い出す。 個より全体を優先する同様のことが社会で横行していないだろうか。会社の業績を上げるためのサービス残業。とがった意見を言うとSNSで寄ってたかって袋叩きにする風潮、何があっても経済最優先を最後の切り札にするアベノミクス・・・。どこか似ていて、嫌な臭いがする。(20190614)

▶歴史は繰り返す

<<「歴史は繰り返す」20120401>> ノーベル賞をもらった益川さんは、受賞のインタビューで「特別にうれしくありません」と言ったり、スウェーデンで行われたノーベル賞の記念講演の時に、「アイ・キャント・スピーク・イングリッシュ」と冒頭に英語でぶちかまして会場の聴衆を笑わせたりと破天荒な人だなと思っていた。 丸善で偶然、益川さんの本を見つけたので読んだ。「学問、面白くなくちゃ」という本。その本の最初に、「自由とは必然の洞察である」という言葉が唐突に出てくる。何のことか、さっぱり分からなかった。 自由は英語では、FreedomやLibertyだが本来は束縛されないとか開放とかの崇高な意味があって欧米人はすごく大事にする。自由の女神はアメリカの象徴であり、入植者たちは西部開拓で新天地に自由を求めた。銃規制が進まないのも自由の精神が足かせになっていると思う。電車の端っこに座っている欧米人に理由を聞くと、「体の半分くらいは自由にさせてくれ」と応えたという。 明治維新にFreedomやLibertyが西洋から入ってきた時、ガチガチの封建主義の中にいた当時の日本人には、このような概念がなかったのではないかと思う。漢籍に詳しい誰かが、自由という漢字を当てはめた。英語とは少しニュアンスが違う。勝手気ままという意味あいが強い。 自由とは勝手気ままに振る舞うことなのか。これが益川さんの問題提起である。 ここに2つの箱がある。どちらかの箱に100万円が入っている。もう一方の箱には猛毒の青酸ガスが入っている。このようなシチュエーションで箱を開けるという自由があるかと言う問題。 50%の確率で命を捨てるような人はいない。大抵の人は、安全かどうかを事前に良く調べて箱を開けるだろう。それをやったら結果はどうなるかという必然性を洞察することで、はじめて自由を手にすることができると言う。それが、「自由とは必然の洞察である」という言葉の意味ということである。これは、ドイツ観念哲学の祖のヘーゲルが言ったことらしい。 益川さんは、この言葉が気に入っていて科学を通して、こうすれば、ああなる、という必然性の洞察をして自由を拡張することに研究の意味があると考えているそうだ。                ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 私たちが、何も考えずに自由にやっていることも、

エントロピーの法則

<<エントロピーの法則( 20190411 )>> コンピュータ上のデータを守るためのハッシュ関数というものがある。ある文字列をこの関数にかけると、訳の分からないデタラメな暗号になる。コンピュータを使うときの鍵になるパスワードは、この関数で暗号化されている。これからから元の文字列を導き出すことは簡単には出来ない。これは一方向性関数と呼ばれている。人生において、ほとんどのことは、この一方向性関数ではないかと最近思ようになった。うなぎを捕る道具に「うなぎ筒」というものがある。餌の匂いにつられて筒に入ると後戻りできなくなり捕まってしまう道具だ。これも後戻りできない一方向性だ。 タレントのピエール瀧がコカインを飲んで捕まった。 才能のある人だったのでショックを受けた。 一度、麻薬を飲んでしまうと止めることは並大抵のことではないらしい。最初は、風邪の症状が取れますよ、とか、疲れが和らぎますよ、という軽い言葉に釣られて飲むらしい。でも、一度飲んでしまうと止められなくなってしまうらしい。麻薬を使うと反社会的行為として逮捕されるが、詐欺や窃盗などのように留置所に入って反省すれば更生できると言う簡単なものではないらしい。一度やってしまうと、脳に浸み込んでウイルスのように脳細胞を侵していく。病院に入らないと治らないという。麻薬で捕まった時に、多くの人が警官に「ありがとう」と言うらしい。これで、麻薬地獄から開放されるという安堵感から出る言葉だろう。麻薬を飲む前の生活に戻りたいとみんな考えているそうだ。「薬止めますか、人間止めますか?」というのは、自死を助長する最悪の標語らしい。そんなに簡単な話ではないということだ。 麻薬常習は、 犯罪というより病気に近いからだ。これも一方向性関数ではないのか。 時間は前に進むだけで決して過去には戻れない。タイムマシンの話では、過去をイジるのはタブーとされている。人は年をとるに従って老いていくが若くなることは決してない。髪の毛も白くなり数も減っていく。朝起きたら昨日より若返っていたということは絶対にない。 若返りの水を飲みすぎた村人が赤ん坊になったという昔話を読んだことがあるが、こんなことはあり得ない。 人が住まないと家は汚れて行くし朽ちて行く。このような廃家が急速に増えていて社会問題になっている。根には少子高齢化がある。 人が住