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「『5G』で企業や経済社会がどう変わるのか〜デジタル・トランスフォーメーションの最前線〜」 報告

「『5G』で企業や経済社会がどう変わるのか〜デジタル・トランスフォーメーションの最前線〜」 報告 ・日時:2019年07月12日(金)10時40分〜12時(80分) ・講師:東洋大学教授 坂村健 ・場所:東京商工会議所 Hall&Conference(千代田区 丸の内) ・主催:東京商工会議所    ・報告:特派員 祐二之田仲(南柏在住) 【講演者略歴】 ■ 坂村 健    日本のコンピュータ科学者、コンピュータ・アーキテクト。工学博士(慶應義塾大学、1979年)、東京大学名誉教授、東洋大学教授・情報連携学部長[2]。専攻での研究内容はダイナミックアーキテクチャ[3]だが、自ら提唱したTRONプロジェクトにてリーダー、またアーキテクトとして多種多様な仕様を策定している。東京都出身[1]。 ■ 職歴 ・1979年 東京大学理学部情報科学科助手 ・1986年 東京大学理学部情報科学科講師 ・1987年 東京大学理学部情報科学科助教授 ・1996年 東京大学総合研究博物館教授 (研究部・博物情報メディア研究系、大学院理学系研究科情報科学専攻教授併任) ・2000年 東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授 ・2017年3月 東京大学を退職、名誉教授 ・2017年4月 東洋大学教授(同大学 情報連携学部 情報連携学科、および 情報連携学研究科) (Wikipediaより抜粋) 【講演内容の要約】  公演の際は、資料の配布はなく、口頭による説明であった為、公演のポイントとなるキーワードを以下に記述する。 1.小惑星探査機「はやぶさ2」の件    同機の基本プログラム(OS)は、昔、私が提唱したTRONである。因みに、アプリケーションはNECである。今回の2度目の着陸成功は私にとっても嬉しいものである。 2.IoTモデルの30年の変化 コンピュータの発展は、エニアックから始まりエドバックとなり、ユニバック社で製造される様になって、軍事から民間へ広まった。アメリカは実に、民間への普及が速やかである。 ・DFSモデル … Hadoop分散ファイルシステム    ・防御システム … 軍事戦略モデルは、巨大なデータとネットワーク、そしてリアルタイム機能で成り立つ。 3.Internetの使用料 Internet自体の利

▶浦賀 西叶神社と大道の山車の獅子頭

お祭りの宵宮に日、集会所の前に置いてあった屋台の写真を撮っている人がいる。どうやら、その屋台に彫ってある獅子や鳳凰の彫刻に興味があるらしい。この屋台は、古いものだと父から聞いていたが、どのくらい古くて、どれだけ価値があるものかは分からなかった。 写真を撮っている人に声をかけてみると、浦賀から来ているという。浦賀の西叶神社に彫ってある獅子の作者が後藤利兵衛という人で、この大道の屋台も彼が作ったものだという話が、どこかの古文書に載っているのだという。金沢八景の洲崎神社の獅子頭も利兵衛の作ということだった。早速、文献を調べたら確かに「南総の彫工 初代 後藤義光」という書籍に利兵衛が「金沢区大道 大道屋台」を彫ったと書かれている。 後藤利兵衛は1815(文化12)年、安房(あわ)国朝夷(あさい)郡北朝夷村(現在の千葉県千倉町北朝夷)の生まれ。幼名は「若松」。父親は、山口弥兵衛といい大工を生業にしていた。幼少の頃から大工道具が身近にあり遊び道具に使っていた。14歳のころには地元の愛宕神社に残されている大黒天像などを彫り、すでに彫刻師としての頭角を現していた。1837(天保8年)年、23歳の時に江戸は京橋の彫刻師、後藤三次郎恒俊の弟子となり、恒俊が鴨川市の安房の誕生寺を訪れた際に門弟になった。その後、師匠の後藤姓をもらい「後藤利兵衛光定」を名乗った。後に「後藤利兵衛義光」に改名。1902(明治35)年に88歳で没した。(後藤利兵衛人物事典  https://sorairo-net.com/rekishi/jimbutsu/gotorihe.html ) 洲崎神社に伝わる雄雌の獅子頭も、1849(嘉永2年)に彫刻師の後藤利兵衛が彫ったと云われている。戦前は、7月の祭礼の時に4人の若衆が町内の厄除けのために雄雌の獅子頭を担いで廻った。麻疹(はしか)の子どもが、獅子の口に噛まれると早く平癒するという言い伝えから、守り神として尊信されていた。 http://susa-haya.jugem.jp/?eid=3 三浦半島から見ると千葉は広くて遠い。しかし、地図を眺めてみると海を渡れば意外に近い。後藤利兵衛は、浦賀まで船で来て、浦賀道を通って金沢八景まで陸路で来たのではないか。西叶神社の彫刻が1842(天保13)年、洲崎神社の雄雌の獅子頭が1849(嘉永2)年の作品と伝わって

▶お祭りってなんだ

スタッフとして町内のお祭りに最初から最後まで関わった。我が町内には、屋台と2台の神輿がある。一台は子ども神輿だ。この屋台と神輿を人力で動かして町内を一周りする。効率だとか経済だとかを考えたら全く不合理な催しだ。トラックで回れば10分もかからない距離だ。それが何百年も続いている。お祭りの準備を手伝っていて、無人自動車が実用化されようとしている時代に何でこんなムダなことをやっているのか。ずっと不思議に思っていた。 お祭りの宵宮には、綿菓子や氷、焼きそばなどの屋台がでる。これが子どもたちの楽しみだ。でも、こういう催しではゴミが出る。最初は、一つのゴミ袋になんでもかんでも捨てる様になっていた。でも、結局最後は大人たちが分別するので、最初から分別して捨ててもらおうということにした。普通ごみとプラスチックごみの2つのビニール袋を用意した。それでも、最初は、なんでも捨ててしまう子どもがいたが、少しずつ自分で分別して捨てるようになった。しばらくすると、ルールを守らない子どもを注意する子どもが現れた。それが自分の仕事とばかりにゴミの分別を進めてくれた。 今年は、地元の中学生、大学の陸上部の若い人たちが大勢参加してくれた。子どもたちも山車をひいてくれた。若い人は、疲れ知らずでとにかく元気がいい。途中の休憩所でも、おにぎりやらパンやらをむしゃむしゃ食う。見ていて気持ち良い。一人の中学生に聞いてみたら、お祭りは楽しいという。何が楽しいのかというと、みんなが力を合わせれば、こんな重い神輿が運べるのがすごいし、みんなで力を合わせて一つのことをできるのが楽しいという。たぶん、休憩時間に友だちと無駄話をしながら、焼鳥だのコロッケだのを食べるのも楽しみなんだろう。 小学1、2年くらいの小さい子が4人、屋台をひいていた。一人が町内が用意した子ども用のメガホンを持っていた。わっしょい、わっしょい、とかわいい掛け声が響く。メガホンの奪い合いで喧嘩になりそうになった。民主的に決めようと、じゃんけんをやることになった。最初にメガホンを持っていた子がビリになった。負けた子は、ふてくされてやる気を無くしていた。順番にメガホンを持ち、掛け声をかけるのだが、みんな飽きてしまい、結局、最初に持っていた子にメガホンが戻った。その後は、一人でメガホンを独占しても文句を言う子はいなくなった。 このように考える

▶嘘のない社会になってほしい

 【特派員 高尾広志(横浜在住)】 「どがんね」という変わった名前の本がある。佐賀弁で、「どうですか」という意味らしい。この本の中で五つの誓いという文章が紹介されている。 「時間に遅れない」 「嘘をつかない」 「お世辞を言わない」 「他人のせいにしない」 「他人の手柄を自分の手柄としない」 著者の古賀さんは、佐賀の発明家で実業家。保護司としても罪を犯した人の更生に尽くし、褒章を何度も受賞している有名人である。子どもの頃は、鑑別所に入れられるくらい手がつけられない不良少年だったそうだ。古賀さんを立ち直らせ、人生を支えたのがこの五つの誓いである。嘘をつかずに、正直に生きることの大切さが込められている。 私が子どもの頃、「嘘は泥棒の始まり」と言われて、嘘は厳しく戒められた。嘘つきのヤギが最後は狼に食べられてしまうという逸話も良く聞かされた。ジョージ・ワシントンの桜の木の話も正直を称える話として教えられた。今の日本を見渡すと嘘をついても、それほど咎められない世の中になっているのではないかと感じる。嘘は悪である、人は清廉潔白でなければならない。このような社会になってもらいたい。私は、この五つの誓いを座右に銘にして残りの人生を歩いて行きたいと考えている。(20190710) 参考 どがんね 古賀常次郎詳伝  佐保 圭 (著) 日経BPコンサルティング

▶自由で安全にネットを使うことができるルールを作れ

【特派員 高尾広志(横浜在住)】 事件の報道があると必ず犯人がLINE で情報交換していたとか、Facebookで知り合ったとかの話になる。ネットによるイジメや情報の改ざん、隠蔽も横行している。ネットは犯罪の温床で、悪事を働くための道具のように報道されることが多い。 自動車が出てきた時、道路を痛め馬を驚かす危険な機械として敵対視された。でも、鉄道や馬車に比べて自由にどこにでも行ける便利さは危険性よりも得るところが大きく、自ら法律を作り、それを守ることでで社会に受け入れられて今がある。自動車による悲惨な事故は絶えないが、危険だからといって自動車自体が糾弾されることはない。 SNSやスマホが普及して誰でも使えるようになったのは、つい最近のことだ。今はスカイプなどで地球の裏側の人たちと自由に会話することができる。Twitterなどを使えば、何万人もの人たちに瞬時にメッセージを送ることができる。テレックスで海外の会社と電文のやりとりをしたり、ガリ版刷りで学校行事のお知らせをわら半紙に刷っていたような世代にとっては夢のような世界だ。今までこんなに便利な時代があっただろうか。鉄道から自動車の変化よりも、もっと大きな変革が起きている。 便利さの裏には必ず危険がある。私たちは、ネットという便利な道具を手に入れたのだから、社会が少しでも良い方向に向かうようにこの道具を使うべきだと思う。そのためには、赤は止まれという道路交通法のように、万人にとって分かりやすい法律が必要だ。情報の改ざんや隠蔽、SNSによるイジメ、誹謗中傷、ファイクニュースの流布などは法律で厳しく取り締まるべきだと思う。ネットは道具であり、悪いことにも良いことにも使うことができる。みんなで知恵を絞って、自由で安全にネットを使うことができるルールを作っていけたら良いと思う。(20190704)

▶議員の話し方良寛に学べ

 【特派員 高尾広志(横浜在住)】 江戸時代後期の僧、良寛さんは、人と話をするときの心得を戒語という形でまとめている。内容は、極めて平凡で常識的なことだが、ほほえましく、ときに厳しく私たちに語りかけてくれる。 ・人のもの言いきらぬうちに、もの言う。さしで口。人の話のじゃまをする。あくびとともに念仏。 ・人のことをよく聞かずして答える。へつらうこと。心にもなきことを言う。 ・ことばのたがう。たやすく約束する。口を耳につけてささやく。 ・あなどること。いやしき人を、かろしめる。はなであしらう。 ・口をすぼめて、もの言う。首をねじりて、理屈いう。 ・人のいやがるおどけ。いやしきおどけ。 「良寛の愛語・戒語 谷川敏朗著」(考古堂刊)から引用した。 最近のテレビの国会中継などを見ていると、良寛さんだったら苦言を呈するような場面が多い。相手の揚げ足取りに時間を浪費するのでなく、国民の代表者として本質的な議論をしてほしい。(20190701)

▶みんな、役に立ちたいと思っている

 【特派員 高尾広志(横浜在住)】 私は、方向音痴。地下鉄に乗って地上に出るとどっちに行ったら良いかすぐに分からなくなる。旅行に行っても迷子になる。海外に行った時には、必ずホテルカードを持って外出する。道に迷った時にはタクシーの運転手に見せてホテルまで送ってもらうためだ。最近は、迷子になることが楽しくなってきた。道に迷って歩き回っているうちに思いもかけないキレイな景色や草花に出会ったりすることもある。セレンディピティも旅の楽しみの一つだと思う。 迷子になったら、自分で地図で調べるより、歩いている人に聞く方が手っ取り早いが、知らない土地で見知らぬ人に声はかけにくい。でも、勇気を出して声をかけてみると親切に道を教えてくれる。強面の人も話してみると親切な人が多い。田舎に行くと目的地まで一緒に行ってくれる人もいる。旅先でこういう人情に触れるとホッとする。 道を聞いて迷惑だと断る人は殆どいない。むしろ、喜んで教えてくれる人の方が多い。わが町の名所を訪ねてくれたことの感謝の気持ちもあるだろうが、道に迷って困っている人を助けて、ありがとうと言われた瞬間は、教えた方も喜びを感じているのではないか。戦後、道路がまだ整備されていない時代、歩きながらゴミを拾ったり、デコボコ道を直したりする道普請というボランティアをやっていた人たちがいたと聞いたことがある。生まれてきたからには、何かの役に立ちたい、これは、万人の願いなのではないかと思う。(20190625)

▶ひきこもりの子どもたちを救おう

  【特派員 高尾広志(横浜在住)】 先日、公立中学校の先生方と意見交換をする機会があった。今、学校では生徒たちに大きな変化が起きていている。酒、タバコ、薬物などの問題は減り、教師や生徒に暴力を振るうような、いわゆる不良は姿を消して、スマホやSNSを使った陰湿なイジメが増えている。多くの悲惨な事件がニュースになっているが、学校に来ることができない、自宅訪問しても会ってもらえない、そんな不登校や引きこもりの生徒が増えているという説明があった。 スマホで何でも調べられる、ボタン一つで何でも手に入れられる、SNSで瞬時に何万人にメッセージを伝えられる、こんな便利な時代が今まで、あっただろうか。この便利さの影で、引きこもって、もがき苦しんでいる、たくさんの子どもたがいる。どうしたら、この子どもたちを救うことができるか。今、子どもたちの間で起きていることは、心の中で起こっている公害ではないのか。 物質的に豊かになった高度成長の頃、日本列島は、ひどい公害に苦しんだ。それから50年、日本は技術で公害を克服した。学校だけでなく、現代のこの便利さを享受している全ての人たちが、知恵を出し合って、この問題を克服していく必要があると痛感した。(20190615)

▶車内放送で思い出す標語

 【特派員 高尾広志(横浜在住)】 「体調がすぐれない場合は無理をせず最寄りの駅でお降りください。救助による運行の遅れを防ぐために、ご協力ください」 電車で度々流される車内放送。前半は、乗客の体調に配慮したメッセージだが、後半がいけない。「電車が遅れないように、体調が悪くなったらすぐに降りてくれ」ということだ。「欲しがりません、勝つまでは」という昔の嫌な標語を思い出す。 個より全体を優先する同様のことが社会で横行していないだろうか。会社の業績を上げるためのサービス残業。とがった意見を言うとSNSで寄ってたかって袋叩きにする風潮、何があっても経済最優先を最後の切り札にするアベノミクス・・・。どこか似ていて、嫌な臭いがする。(20190614)