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「一生懸命がかっこいい」という価値観

 「一生懸命がかっこいい」という価値観 それは、結果(利益や効率)だけを重視する現代社会が失いかけている、「プロセス(生き様)への敬意」を取り戻す言葉ですね。 「金儲け」が目的になると、いかに楽をして稼ぐか、いかに効率よくショートカットするかが「賢さ」とされてしまいます。しかし、あなたが仰る「一生懸命」という価値観は、その対極にあります。 1. 「一生懸命」がもたらす人間性の回復 「一生懸命」とは、自分の全存在をかけて、目の前のことや他者に向き合う姿勢です。 ショートカットしない尊さ: 効率を追い求めるAIや株式投資は、プロセスを飛ばして「結果」だけを手にしようとします。しかし、人間が本当に感動し、信頼を寄せるのは、泥臭く、時間をかけ、心を込めて何かに打ち込む姿です。 誠実さの循環: 一生懸命な姿は、周囲の人の心を動かします。その熱量が伝播することで、お金を介さない「助け合い」や「信頼」が生まれ、社会の絆が強固になります。 2. 「便利さ」を越える「手応え」 AIが何でも解決してくれる社会では、私たちは「一生懸命」になる機会さえ奪われかねません。 不便の中の輝き: あえて不便なことを自分の手で行い、一生懸命に汗を流す。その先にある収穫や達成感こそが、デジタルな便利さでは決して得られない、生きた実感を私たちに与えてくれます。 社会貢献としての熱量: 「お金のため」ではなく、「誰かのため、明日のため」に一生懸命になる大人の姿。それこそが、子どもたちが一番憧れる、生命力に溢れた背中ではないでしょうか。 3. 東洋的な「道(どう)」の精神 「一生懸命」という価値観は、日本古来の「道(武道、茶道、華道など)」の考え方に通じます。 結果より行い: 究極の目標に到達することよりも、日々の「行い」を積み重ね、心を磨くこと自体を目的とします。 自然との調和: 無理に支配するのではなく、一生懸命に自然と対話し、その力を引き出そうとする職人のような生き方です。 結論:新しい「かっこよさ」の定義 経済一辺倒の社会では「稼いでいる人」がかっこいいとされてきました。しかし、これからの方向転換した社会では、「損得抜きに、何かに一生懸命になれる人」が最高に格好いいとされるべきです。 社会のスピードを半分に落とすことで生まれた「余裕」を、私たちは「怠惰」に使うのではなく、「自分の大切なこと、...

「経済一辺倒」の考え方を変える

 「経済一辺倒」の考え方を変える 今の社会は、経済という止まれない列車に乗っているようなものです。その列車の速度を落とし、線路を敷き直すために必要な、東洋的な価値観に基づく具体的な転換点を整理してみました。 1. 「交換価値」から「使用価値・存在価値」へ 今の経済は「いくらで売れるか(交換価値)」ばかりを重視します。そのため、お金にならない自然や、ゆっくり流れる時間は「無価値」と切り捨てられてきました。 東洋の視点: 庭に咲く花や、代々受け継いできた道具、隣人との何気ない会話。これら「売買できないが、人生を豊かにするもの」に再び光を当てます。 脱・経済一辺倒: 効率を求めてAIに代行させるのではなく、**「自分で手間をかけることの喜び」**を再発見することです。 2. 「所有」から「共有・循環」へ 「もっと欲しい」という所有欲が経済を回すエンジンでしたが、それが資源の枯渇と環境破壊、そして原発のような巨大エネルギーへの依存を生みました。 里山(さとやま)のモデル: 日本の伝統的な里山は、人間が手を入れることで自然が再生し、その恵みを村全体で分かち合う「循環」の仕組みでした。 方向転換: 奪い合う経済ではなく、「足るを知り、分かち合う」コミュニティを再生すること。これにより、過剰な電力を消費する過密都市への依存を減らせます。 3. 指標を「GDP」から「GNH(国民総幸福)」や「徳」へ 国や社会の豊かさを、生産量(数字)ではなく、人々の「心の平穏」や「利他精神」で測るように変えることです。 「徳」の経済: 利益を最大化する人が偉いのではなく、「周囲を幸せにし、自然を壊さなかった人」が尊敬される文化。 スピードの減速: 経済指標を追わなければ、24時間働き、24時間消費し続ける必要はなくなります。夜は暗く、冬は寒く、それを受け入れることで電力需要は自然と適正化されます。 「不便」が「風流」に変わる時 西洋的な「経済一辺倒」の目で見れば、スピードを落とすことは「損失」です。しかし、東洋的な目で見れば、それは**「風流(ふうりゅう)」や「余白」**という豊かな時間の獲得になります。 かつての日本人は、暗闇を「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」として楽しみ、限られた資源の中で季節を愛でる高度な精神文化を持っていました。 今の私たちに必要なこと: AIやドローンのような最新...

西洋から東洋への方向転換

 西洋から東洋への方向転換 現代の行き詰まりの根底には、「人間は自然の外側にあり、知性によってそれを支配・管理できる」という、デカルト以来の西洋近代的な二元論の限界が見えています。 原発というシステムは、その「自然支配」の象徴とも言えます。莫大なエネルギーを無理やり狭い場所に閉じ込め、それを人間の作った計算式で完璧に制御できると過信した結果が、現在の「取り返しのつかないリスク」に繋がっています。 これからの方向転換として、東洋的な知恵が持つ「三つの調和」がヒントになるのではないでしょうか。 1. 「主客一体」の視点:自然は「対象」ではなく「自ら」 西洋哲学では「私(主)」が「自然(客)」を観察し、操作します。しかし、東洋(特に日本の古神道や仏教的背景)では、人間も自然の一部であり、山や川、そしてエネルギーそのものにも八百万の神が宿ると考えます。 方向転換: 「自然をどう利用するか」という効率の問いから、「自然の循環の中に、どう自分たちを馴染ませるか」という作法の問いへ。 技術のあり方: 巨大な力でねじ伏せる技術(原発など)から、風、水、太陽といった、自然が「自ずから」発する力を、お裾分けしてもらうような技術(小規模分散型の再エネなど)へ。 2. 「無常」の受容:完璧な制御を諦める 「何でも解決できる」「事故は絶対に起きない」という考えは、ある種の傲慢さを含んでいます。東洋的な「無常」の考え方は、「形あるものは必ず壊れ、物事は常に移ろう」ことを前提とします。 方向転換: 「完璧にコントロールできる」という幻想を捨て、「壊れること、予測できないこと」を前提に、それでも致命傷を負わない謙虚な設計を目指す。 スピードの抑制: スピードを落とすことは、この「移ろい」を丁寧に観察し、自然の摂理に合わせるための「余裕」を生む行為です。 3. 「足るを知る」:欲望のマネジメント 西洋的な科学文明は、欠乏を埋めるために「無限の成長」を求めますが、東洋の教えは「足るを知る(知足)」ことを説きます。 方向転換: 「AIで無限に便利に」ではなく、「何があれば十分に幸せか」という境界線を引き直す。 エネルギーの減量: 需要を無限に増やすのではなく、東洋的な慎ましさを持って、エネルギー消費を「半分」にする生活を「豊か」だと定義し直す。 文明の「和合」 これは西洋を完全に否定するのではな...

マハトマ・ガンディー「スピードを上げることだけが人生ではない」

 マハトマ・ガンディー「スピードを上げることだけが人生ではない」 もし、社会のスピードが半分になったら、私たちの世界はどう変わるでしょうか。 1. 「時間」が資源から「豊かさ」に変わる 今は「1分1秒をどう効率化するか」という強迫観念に追われていますが、スピードを落とせば、時間は「消費するもの」から「味わうもの」に変わります。 ・家族や友人と食事をする時間。 ・季節の移ろいを感じる時間。 ・何も生産せず、ただ思索にふける時間。 これらは今の「速すぎる社会」が最も軽視し、切り捨ててきたものです。 2. エネルギー問題の「自然解消」 スピードを半分に落とすことは、物理学的に見てもエネルギー消費を劇的に抑えます。 物流が「即日」でなくて良くなれば、トラックや飛行機を無理に飛ばす必要がなくなります。 流行のサイクルが遅くなれば、大量生産・大量廃棄が止まります。 AIの進化も「今すぐ」を求めなければ、巨大な電力を食うデータセンターの増設を抑えられます。 「原発が必要か否か」という議論の前提条件そのものが消えてしまうのです。 3. ロボットと人間の「新しい関係」 これまでのロボット開発は「人間より速く、正確に」を目指してきました。しかし、減速した社会では、ロボットの役割も変わります。 「効率化の道具」ではなく、人間がゆっくり歩むための「杖」や「介添人」。 人間が面倒な作業をロボットに任せて、自分は「不便を楽しむ時間」を手に入れるための技術。 4. 立ちはだかる「同期(シンクロ)」の難しさ この方向転換が難しい最大の理由は、「自分一人だけ、あるいは一国だけがスピードを落とすと、周りに飲み込まれてしまう」という恐怖にあります。 世界が競争を続けている中で、日本だけが半分に減速すれば、経済的に取り残され、必要な物資すら買えなくなるかもしれない……。そんな不安が、人々を立ち止まらせないように追い立てています。 5. まず「心」から減速する 文明全体のシステムを変えるのは時間がかかりますが、個人の価値観として「スピードを追わない」ことを選び始める人は増えています。 「便利さの裏にあるリスク」に気づいたあなたが、あえて「不便」や「ゆっくり」を肯定することは、新しい文明の種をまくことと同じです。それは決して「後退」ではなく、人間が人間らしく生きるための「高度な進化」と言えるのではない...

心をのせたコミュニケーションが人生を豊かにする

 JA横浜協同サービス「オーナー会」セミナー ・日時:2026年2月19日 13時40分~15時10分 ・場所:横浜ベイシェラトンホテル ・演題:心をのせたコミュニケーションが人生を豊かにする ・講師:福澤朗(元・日本テレビアナウンサー) 人と話をするのは、キャッチボールと同じ。相手が理解しやすいように話を投げかける。 ・話すときの秘訣 1.重要な言葉は高い音程でしゃべる 2.大きな声でしゃべる 3.ゆっくりしゃべる 4.重要ワードの前は、間を置く ・母音の発音 ”う”と”お”の母音が聞きにくい 例:青々として初々しい 例:おう・おう・おう ・表情筋を活用する 子どもは、表情筋を自然に使っている 例:ひまわりの顔と梅干しの顔 眉毛を上げる ⇒ 言葉を受け取りやすくなる 口角を上げる ⇒ 機嫌よく見える。聴いてくれやすくなる ・舌筋、口輪筋を鍛える 割り箸をくわえながらしゃべる 例:ブラジル人のミラクルビラ配り ・ペーシング 相手に合わせる 大きな声は大きな声で聴く 聞く Hear 聴く Listen 耳が大きい 注意して聞くこと ・感想 人と話をするというのは、キャッチボールと同じということが講演の主旨。相手がキャッチしやすいボールを投げることから始まる。伝えたい言葉はクリアにゆっくりとしゃべる。しゃべるときはしかめっ面をしない。特に講演などをやるときは、みんな講演者を注目している。不機嫌そうな顔をした人の話など聴きたくない。楽しそうににこやかにしゃべる。あとは、伝えたいという情熱。どうしても分かってもらいたいと思い込む。のんべんだらりと文章を読んでいるような話は誰も聴きたくない。話を聴く方も耳をすませて真剣に聴く。分からなかったら質問する。まさに言葉のキャッチボール。

チャッピー(ChatGPT)ありがとう!!

ノートPCを持ち出して外部ディスプレイにつなげたところ、画面が映らない。 HDMIとUSB Type-Cの両方で接続しているのだが、 2台同時につなぐと映らなくなる という不可解な現象が起きた。 1台ずつなら問題なく映るのに、2台にするとダメ。 DELLのサポートに問い合わせると、最初の担当者では分からず、技術サポートに回された。 そこで案内されたのは、 ・ディスプレイドライバーの再インストール ・システム復元 という定番メニューだった。 しかし、ドライバーを再インストールしても改善せず、システム復元については「復元ポイントが設定されていない」とのこと。 健康なうちに設定しておく必要があるらしい。 これらがダメなら、 システムの再インストールしかない と言われた。 データをすべてバックアップして、環境を一から作り直す……。 そう考えるだけで気が重くなり、今度の土日は潰れるなと覚悟した。 最後の手段として、ChatGPTに聞いてみた。 「DELLのノートPCでType-CとHDMIを両方接続すると画面が映らないのですが、直し方を教えてください」 すると、こんな回答が返ってきた。 「それ、DELLではわりと“あるある”な症状です。順番に切り分けしていけば直る可能性が高いので、落ち着いていきましょう」 ちょっと光が見えてきた。 続いて示された手順はこれだった。 Win + P を押す 「拡張」または「複製」を選択 一度「PC画面のみ」にしてから、再度「拡張」に戻す 正直、ダメもとでやってみた。 すると―― あっさり直った。 チャッピー(ChatGPT)が、DELLサポート2名に勝利した瞬間だった。 サポートの仕事は、生成AIに取られる時代が本当に来るのかもしれない、と思った。 それにしても、再インストールしなくて本当に良かった。 もしやっていたら、今度の土日は確実につぶれていた。 チャッピー、ありがとう。

自己肯定感について考える

① 欧米心理学からの導入(1950~70年代) 英語の self-esteem(セルフ・エスティーム) という概念が心理学で確立される。 esteemは尊敬するという意味を持っている アメリカの心理学者マズローやロジャースらが「人間が健やかに生きるためには自己を尊重する感覚が重要」と提唱。 マズローの5段階欲求 1.生理的欲求:食事、睡眠、排泄など、生命維持に不可欠な欲求 2.安全の欲求:身体的・精神的な安全、安心な環境を求める欲求 3.社会的欲求(所属と愛の欲求):家族や友人とのつながり、集団に属したいという欲求 4.承認欲求(自尊心の欲求):他者から認められたい、評価されたい、尊敬されたいという欲求 5.自己実現の欲求:自分の能力を最大限に発揮し、なりたい自分になるための欲求 当時は「自尊心」という訳語で紹介され、日本ではまだ専門用語の範囲にとどまっていた。 自尊心とは、「自分を尊いと思う心」、つまり、自分の価値を認め、大切にする気持ちのことです。これは単に「自信がある」こととは異なり、自分の長所も短所も含めて「ありのままの自分を肯定的に受け入れられる感覚」を指す。心理学では「自己に対する全体的な評価」とされ、自己肯定感とほぼ同義で使われる ② バブル崩壊後の社会(1990年代) 日本では「自己犠牲」や「我慢」が美徳とされてきたが、経済停滞・就職氷河期などで「努力しても報われない」若者が増える。 その結果、「自分には価値があると思えない」という感覚が社会的問題として浮上。 教育現場でも「学力よりも心のケア」「不登校や引きこもりの背景には自己肯定感の低さがある」と言われ始める。 ③ 子どもの心の問題と教育政策(2000年代) 文部科学省が「自己肯定感」という日本語を公式文書で使い始める。 不登校、いじめ、自殺率の高さなどが問題視され、「子どもの自己肯定感の国際比較」が話題に。 OECDの調査で、日本の子どもは「自分に満足している」と答える割合が先進国で最下位クラスというデータが出て注目が一気に高まる。 ④ 承認欲求とSNS時代(2010年代?現在) SNSの普及で「他者から評価されたい」「いいねが欲しい」という心理が強まり、比較や劣等感が加速。 その裏返しとして「自分を認める力=自己肯定感」がブーム的に語られるようになる。 同時に、書店には「自己肯定感を高める○○...

▶カラスと鷹の爪

 駐車場に湧水がしみだしているのでコケを植えることにした。コケが水分を吸い取って育っていく。これは一石二鳥だと思った。しばらくは順調にコケが育ったが、そのコケをひっくり返す輩が出てきた。最初は、近くの子どもの仕業ではないかと思ったが、観察しているとカラスだと分かった。コケの根につく虫をカラスがほじくりだしていたのだ。 ネットで調べると、カラスはワサビやトウガラシなどの辛いものが嫌いだと書いてあった。早速、スーパーに行って鷹の爪を買ってきて撒いてみた。効果てきめん、カラスは全く寄り付かなくなった。何羽ものカラスが来ていたが、すべてが一斉にいなくなった。一羽が食べてみて、これはやばいと思ったので、他のカラスにも伝えたのだろう。カラスのコミュニケーション能力はすごい。 鷹の爪の命名は、江戸のコピーライター平賀源内だそうだ。実際の鷹の爪もこんな形をしているのか確かめてみたいものだ。源内先生ありがとう。

▶散歩をしていて聞いた意外な話

 散歩をしていると、いろいろな人に出会います。声をかけると意外な話を聞けることがあります。 公園の草刈りをしている人からはこんな話を聞きました。「数年前、定年退職して、何もやらずに家でテレビを見たりお菓子を食べたりして、毎日ゴロゴロしていたら体重が増えて心筋梗塞になりました。『軽い運動をした方が良い』という先生の指示に従って草刈りを始めました。おかげで、心臓も良くなり健康を取り戻すことができました。」 次は、家の前で落ち葉の掃除をしている人の話です。「私は、好きで落ち葉の掃除をやっているのです。春になると芽吹いて、夏は青々とした葉を茂らせ、秋になると紅葉して、冬になると葉を落とす。こんな自然のサイクルを見ていると気持ちが休まるのです。若いころ、この生け垣を伐採してブロック塀にしようかと考えた時もありましたが、緑を残しておいて良かったと思っています。」 もう一人は、1年中、道路の雑草を刈ったり、落ち葉を拾ったりしてくれているお年寄りのお話です。「以前飼っていた犬が死んでしまい、散歩に行かなくなったので、何か運動をしたいと思って草刈りを始めたんです。4時から始めて2時間かけて家の近くの道をぐるっと回って草刈りをします。冬でも汗をかきます。その後に風呂に入るんです。これが気持ちいいんです。こんな生活を20年くらい続けています。もうすぐ90歳になりますが、草刈りをやっていなかったら、ここまで生きて来れなかったかもしれませんね。」 草刈りや落ち葉の掃除は、面倒くさくてやりたくない仕事だと思っていましたが、世の中には、それを生きがいにしている人もいるのですね。

▶とめられなかった戦争

「とめられなかった戦争」加藤陽子 著 文春文庫 2017年 "Unstoppable War" Yoko Kato, Bunshun Bunko, 2017 日本でも、戦死者310万人を出した戦争がありました。桁違いの犠牲者です。この本は、何で日本は戦争に突き進んでしまい、誰も止めることが出来なかったかを解説しています。今の状況に似ていることに愕然としました。小さな本ですが読み応えがありました。 Even in Japan, there was a war that killed 3.1 million people. An order of magnitude victim. This book explains why Japan went into war and no one could stop it. I was shocked to find something similar to the current situation. It's a small book, but it was worth reading.

▶ロシア軍のウクライナ侵攻を非難し、戦争の早期終結を願う決議

  浄土真宗本願寺派もロシア軍のウクライナ侵攻を非難し、戦争の早期終結を願う声明文を出しています。 The Jodo Shinshu Honganji faction has also accused the Russian army of invading Ukraine and issued a statement hoping for an early end to the war. 我々は、被爆国の市民として、生命を慈しむ仏教徒として、世の安穏を願う念仏者として、この武力侵攻を非難し、自己正当化をくりかえす権力者の愚かさを批判し、歴史をかえりみつつ、この戦争の一刻も早い終結を願う。 As citizens of the A-bombed countries, as Buddhists who care for life, and as Buddhists who wish for the peace of the world, we condemn this armed invasion, criticize the stupidity of those in power who repeat self-justification, and look back on history. I wish the end of this war as soon as possible. https://www.hongwanji.or.jp/news/cat5/001746.html (浄土真宗本願寺派 宗会 ホームページ)

▶【日本大学 文理学部 学部長メッセージ】ロシア政府によるウクライナ侵攻について

  ▶【学部長メッセージ】ロシア政府によるウクライナ侵攻について [Dean's message] About the Russian government's invasion of Ukraine https://www.chs.nihon-u.ac.jp/kyomu/2022-03-08/29108/ 私たちは今、 ロシア政府によるウクライナヘの侵攻による大変な悲劇を目の当たリにしています。 この事態のために亡くなられた方々、 被害を受けている方々、 また関係の方々に深く思いを致します。 We are now witnessing the great tragedy of the Russian government's invasion of Ukraine. I would like to express my deepest sympathies to those who have died, those who have suffered damage, and those who are related to this situation. 日本大学文理学部は、 ウクライナ国立体育・ スポーツ大学と学術協定を締結し、 教育・ 研究交流を深めてきました。 私たちはウクライナの人びとが直面する戦争の現実を看過することはできません。 日本大学文理学部は、 国際社会の協力によって一日も早くこの戦闘状態が終結し、 人びとに平穏な日常が戻るように願っています。 The Faculty of Arts and Sciences of Nihon University has signed an academic agreement with the National University of Physical Education and Sports of Ukraine to deepen educational and research exchanges. We cannot overlook the reality of the war that Ukrainians face. The Faculty of Arts and Sciences of Nihon University hopes that this battle ...

▶ロシアの言葉・文学・文化を今、あるいはこれから学ぶ皆さんへ

(この文章は、日本ロシア文学会で公開されていたものに英語訳をつけたものです) (This text is an English translation of what was published at the Japan Association for the Study of Russian Literature) Japan Association for the Study of Russian Literature Homepage https://yaar.jpn.org/ https://yaar.jpn.org/?action=common_download_main&upload_id=1769 ▶ロシアの言葉・文学・文化を今、あるいはこれから学ぶ皆さんへ To everyone who is learning Russian language, literature and culture now or in the future 今回のロシア軍によるウクライナ侵攻で、ロシア語やロシア文学・文化を学ぶ、あるいはこれから学ぼうとしている皆さんは心を痛めているのではないかと思います。「なぜ、自分はこんなことをする国の言語や文化を学ぶのか」と悩み、その選択を後悔している人もいるかもしれません。 I think that the invasion of Russia by the Russian army has hurt everyone who has learned or is about to learn Russian language, Russian literature and culture. Some may regret their choice, wondering "Why do I learn the language and culture of a country that does this?" ロシアの言葉・文学・文化は、もちろん、「ロシア」という場と強く結びついています。ウクライナに侵攻したロシア政府はおそらく今後も、ロシア語やロシア文学・文化を、「ロシア国家」の大きな要素として利用しようとするでしょう。実際、国家というものが古来、言語や文化をプロパガンダに利用し、自分たちの道具としようとし...

▶ウクライナが舞台の映画「ひまわり」

  「ひまわり」は1970年に公開されたイタリヤ映画。美しいナポリの海岸で恋におちたジョバンナ(ソフィア・ローレン)とアントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)。戦争は幸福な二人を無残に引き裂きます。ひまわり畑を背景に戦争の悲惨さが淡々と描かれます。この広大なひまわり畑はウクライナの首都キエフから南へ500キロほど行ったへルソン州で撮影されたそうです。 「ひまわり畑の下には、たくさんの兵士や捕虜、農民が埋まっている」 このセリフと哀愁漂う ヘンリー・マンシーニの曲を聴くとぶつけどころのない戦争への怒りが込み上げてきます。人が人を殺す戦争は悲しみだけしか残しません。どんな言い訳も許されない絶対悪です。 デジタル技術で修復されて、あざやかにカラー化されたウクライナを舞台にした映画「ひまわり」が全国で緊急上映されます。 http://himawari-2020.com/ https://cinemarine.co.jp/himawari/ https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220316/k10013530401000.html?utm_int=netnewsup_contents_list-items_001&fbclid=IwAR0hWIVJQmU5TIH0KKnRUAORRsiVXs--_T5gK7mOQyZbeafaaGek7aB9ZUU こちらもどうぞ!「脱走兵」沢田研二 https://hirose555.blogspot.com/2022/03/le-deserteuractborisvian1990.html

▶脱走兵(Le Déserteur)ACT「BORIS VIAN」1990年 沢田研二

この作品は、1950年代のインドシナ戦争中に作詞された反戦歌です。作者は、フランスの作家、詩人であるボリス・ポール・ヴィアン(Boris Paul Vian, 1920年生まれ)です。今から70年も前に作られたものですが、現在の兵士の中にもきっと同じように苦しんで、言い出せずに本意でなく武器を持って戦っている人たちもいると思います。ソ連が1450万人、 ドイツが280万人、 日本が230万人、世界で 5000万〜8000万人 の命を奪った言われる第二次世界大戦の教訓はどこに行ってしまったのでしょうか? This work is an anti-war song written during the Indochina War in the 1950s. The author is Boris Paul Vian (born 1920), a French writer and poet. It was made 70 years ago, but I'm sure some of today's soldiers are suffering in the same way. Where did the lessons of World War II, which are said to have claimed the lives of 14.5 million people in the Soviet Union, 2.8 million people in Germany, 2.3 million people in Japan, and 50-80 million people in the world? プーチン大統領やゼンスキー大統領、ロシアやウクライナで戦っている兵士、世界中で戦争をしている人みんなは、家族とは何か、生きるとは何か、死とは何か、自分たちは何のために生まれてきたのかを、銃口を向ける前に考えてください。美しいキエフの町を壊さないでください。戦争は絶対悪です。一刻も早い収束を願っています。 President Putin, President Zensky, soldiers fighting in Russia and Ukraine, everyone at war around the world, what is a f...

▶ロシア軍兵士が流した涙(Tears shed by Russian soldiers)

  キエフの教会  Kyiv church 先日、戦場で捕虜になった若いロシア軍兵士をウクライナ住民が慰労したという感動的な記事がTwitterに流れました。 The other day, a moving article was posted on Twitter that Ukrainian residents comforted a young Russian soldier who was taken prisoner on the battlefield. 捕虜になって武器を置いた兵士はウクライナ住民からもらったひと切れのパンと暖かい紅茶を口にした。兵士からアドレスを聞いて住民がスマホで彼の家族を呼び出した。画面に年老いた母親の顔が現れた。兵士は涙を流した。隣にいたウクライナ住民もこれを見て涙を拭った。兵士は言った。「俺たちは、なんで戦争なんてバカなことをやっているのだろう」 The soldiers who were taken prisoner and put down their weapons ate a piece of bread and warm tea from the Ukrainian residents. Residents called his family on their smartphones after hearing the address from the soldiers. The face of an old mother appeared on the screen. The soldier shed tears. The Ukrainian residents next door also wiped their tears when they saw this. Said the soldier. "Why are we doing stupid things like war?" プーチン大統領やゼンスキー大統領、ロシアやウクライナで戦っている兵士、世界中で戦争をしている人みんなは、家族とは何か、生きるとは何か、死とは何か、自分たちは何のために生まれてきたのかを、銃口を向ける前に考えてください。美しいキエフの町を壊さないでください。一刻も早い戦争の収束を願っています。 Pr...

▶ジョブズが最後に考えたこと

キエフの教会 スティーブ・ジョブズは、2011年に膵臓がんで56歳という若さで亡くなりましたが、死を前にして病院のベッドの中でこんなことを考えていたという話が残っています。 「神は、誰の心の中にも、富によってもたらされる「幻想」ではなく、人に愛を感じさせるための「感覚」というものを与えてくださった。私が人生で勝ち取った富は、棺桶の中に一緒に持っていけるものではない。持ち続けられるものは愛に満ちた思い出だけだ。これこそが本当の豊かさを与えてくれるものであり、あなたとずっと一緒にいてくれるもの、あなたに力をあたえてくれるもの、あなたの道を照らしてくれるものだ」 プーチン大統領やゼンスキー大統領、ロシアやウクライナで戦っている兵士、世界中で戦争をしている人みんなは、家族とは何か、生きるとは何か、死とは何か、自分たちは何のために生まれてきたのかを、銃口を向ける前に考えてください。美しいキエフの町を壊さないでください。一刻も早く愚かな戦争が終わることを願っています。 http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post_73.html http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post_46.html http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post_55.html http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post.html http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post_66.html

▶アントニオ猪木の戦い

キエフの教会   先日、NHKでプロレスラーのアントニオ猪木の近況をまとめたドキュメンタリー番組が放映されていました。不屈の闘魂で難病に立ち向かう姿に、「さすが猪木」と思いました。番組に中で猪木が天国について話をしていました。 「最近は、病院のベッドに寝て天上ばかり見る毎日だ。天上と言っても天国のある天上でなく、壁のある天井だ。ジャイアント馬場さんが、まだやり残したことがあるから天国に来るなと言っている。自分は小さい頃から勉強ができなくて落第ばかりしていたので、高いところに登る試験に受からなくて天国に行けないんだ」と冗談交じりで言っていました。彼はイスラム教の信者ですが死んだら天国に行くと信じているのです。 「元気があれば何でもできる」と言っていた猪木、モハメッド・アリと戦った猪木、議員外交で北朝鮮を訪れた猪木、普通は見せたくない病と戦っている猪木、アントニオ猪木のスケールの大きさを感じました。 プーチン大統領やゼンスキー大統領、ロシアやウクライナで戦っている兵士、世界中で戦争をしている人みんなは、家族とは何か、生きるとは何か、死とは何か、自分たちは何のために生まれてきたのかを、銃口を向ける前に考えてください。美しいキエフの町を壊さないでください。一刻も早く愚かな戦争が終わることを願っています。 http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post_73.html http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post_46.html http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post_55.html http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post.html http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post_66.html

▶天国と極楽のお話

キエフの聖アンドリーイ教会    キリスト教では死んだら天国に行くとされています。浄土真宗では、誰でも死んだら極楽浄土に往生できると言われています。キリスト教はあまり詳しくありませんが、天国はエデンの園と考えられるのではないかと思います。アダムとイブが最初に出会った場所です。エデンの園はメソポタミア文明発祥の地のイラクのチグリス・ユーフラテス川の近くにあったと言われています。イスラエルやヨーロッパから見ると東に位置します。メシア思想では、救世主が東方から現れて人類を救済すると言われていて、その救世主がキリストとされています。太陽は東から昇りますから東に天国があると考えるのは自然なことです。 一方、日本では、天国と同じ様な場所として極楽があります。天国と極楽の違いは、天国は欲しいモノが何でも満たされる世界であるのに対して、極楽は欲しいという欲望から開放される世界であることです。 阿弥陀様は西にいて教えを説いていると言われています。西方極楽浄土と言うように極楽は西にあるのです。光に満ち溢れた阿弥陀様が日が沈む西にあるのは奇妙です。阿弥陀様は、キリスト教の救世主であるメシアと同じ使命を持って現れたのではないかという説があります。ということは、極楽と天国は同じ場所で、天国がイラクにあるとすると、極楽浄土もそのあたりにあると推測できます。仏教が発祥したインドやアジア、日本から見るとイラクは西です。これで極楽浄土が西にあるという話と辻褄があいます。 ロシアやウクライナで毎日たくさんの人たちが亡くなっています。プーチン大統領やゼンスキー大統領、ロシアやウクライナで戦っている兵士、世界中で戦争をしている人みんなは、家族とは何か、生きるとは何か、死とは何か、自分たちは何のために生まれてきたのかを、銃口を向ける前に考えてください。美しいキエフの町を壊さないでください。一刻も早く愚かな戦争が終わることを願っています。 http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post_73.html http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post_46.html http://hirose555.blogspot.com/2022/03/blog-post_55.html http://hiro...

▶ ピクサー映画「リメンバー・ミー」を観て感じたこと

「リメンバー・ミー」の再放送を観ました。2017年にピクサー・アニメーション・スタジオが制作した子ども向けのアニメーションです。大人にとっても良い映画でした。この時期にこの映画を流したのは何らかの意図を感じました。(2022年3月4日 廣瀬隆夫) キエフの聖アンドリーイ教会 ミュージシャンを夢見るギターが好きな少年ミゲルが、死んで骸骨になった先祖たちのいる「死者の国」に迷い込んで不思議な冒険をするというお話です。死者の国というのは、いわゆる天国のことです。 「リメンバー・ミー」は死という重いテーマを扱っています。そこに「二度目の死」という設定が出てきます。普通の死が肉体の死だとすれば、「二度目の死」は精神の死です。生きている人の記憶から、天国に行ってしまった人のことが忘れ去られたときが「二度目の死」となります。「二度目の死」が訪れると天国に存在できなくなり、その人は、木っ端みじんに消滅してしまうのです。「二度目の死」のエビデンスとして、映画では死者の写真が、家のどこにも飾られていないこととしています。 この映画に出てくる「死者の日」には家族や友人たちが集い、故人への思いを馳せて語り合います。日本では、春と秋にお墓参りをする「お彼岸」があり、夏には故人の魂が戻ってくるという「お盆」があり、一回忌、三回忌、七回忌などの「年忌法要」があります。自分という存在は自分だけで成り立っているのではなく、連綿と続く父母、祖父祖母・・・という家族が自分をこの世界に生んでくれたからだということを忘れないことは大切なことです。「死者の日」や「お彼岸」「お盆」という行事は、肉体が滅んだとしても、人の精神は何らかの形で残っていき、それが新たな未来の糧になることを忘れないためにあると思います。 映画のタイトルが「リメンバー・ミー ⇒ 私を覚えていて」であるのは、そのことを直接的に伝えたいからだと思います。音楽も、映画も、写真も、その人が存在していたことを後世に残すためのものです。人々が忘れずに思いを伝えていけば、たとえ肉体が滅んでも心はつながっていきます。思いをつなげることで家族の絆が一層強固なものになります。この映画はここを感動的に描いています。 夢を追いかけ自分らしく生きる少年ミゲルを応援し、家族も大切にして行く、伝統と新しい生き方は対立しない、むしろ、家族との歴史があってはじめて、自分ら...